あなたは古文にどんな印象を持っているでしょうか?難しい、読んだことない、学校で習った……様々な印象を持たれているでしょう。この記事では、古文に出てくる面白い言い方・言い回しを解説・紹介します。記事を読むと、古文って実は面白いなと感じられるでしょう。
古文に出てくる表現は、かみ砕いてしまえば難しいものではなくなります。書いた人の感情を感じ取ることができ、古文がより身近な存在となるでしょう。この記事では、言葉・文章・和歌の3つのカテゴリーで面白い表現を紹介します。古文を現代語のフィルターで見るとどのような姿になるのか、ぜひ体験してください。
記事を通じて古文の面白さに触れてもらえれば幸いです。
目次
古文の面白い言い方:言葉

をこなり
2010年代から、怒っていることを「おこだよ」という言い回しが使われるようになりました。「をこなり」は音が似ていますよね。しかし「おこだよ」とは意味が違います。「をこなり」は「ばかげている・間が抜けている」という意味です。
たとえば源氏物語では
「行きかかりてむなしう帰らむ後ろ手も、をこなるべし」
という一文が出てきます。
「出かけて行って得るものなく変える後ろ姿は、間抜けだろう」という意味です。「をこなり」は響きが可愛い言葉ですね。
ズボンのチャックが開いていて、をこなりけり。といった使い方ができます。
なんでふ
「なんでふ」は、見た目に可愛い言葉です。主な意味は3つあります。
1.どういう、なにほどの
2.どうして(~か、いや~ない)※反語表現
3.とんでもない
1を例にすると、竹取物語にこんな一文があります。
「なんでふ心地すれば、かく、物を思ひたるさまにて月を見給ふぞ」
「どういう気持ちがして、このような物思いにふける様子で月をご覧になるのか。」
という意味です。なお「なんでふ」は「なんじょう」と発音します。
「なんでふこんな量のカレーが食べられるか。」と使ってみてください。
いみじ
「いみじ」は、お笑い芸人の「すゑひろがりず」さんが使われているので、耳にしたことがあるかもしれません。「いみじ」には意味が3つあります。
- はなはだしい
- すばらしい
- ひどい、おそろしい
例えば吉田兼好の徒然草にこんな一文があります。
「世は定めなきこそ、いみじけれ」
この文は
「この世は常ならない(無常)であるから、すばらしい」
と読めます。
現代語にも「いみじくも(適切に)」という言葉があり、「いみじ」からきた言葉です。
古文の面白い言い方:文章

つれづれなるままに、日ぐらしすずりにむかひて
これは徒然草の文章です。
「つれづれなるままに、日暮らし、硯(すずり)に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。」
口語を混ぜて意訳すると以下のようになります。
「孤独に任せ、一日すずりに向かって、思い浮かんだどうでもいいことを何となく書いていると、妙におかしな気分になってくる。」
一人ですることもなく、SNSやブログを更新して気分が上がっているような姿に近いのかもしれませんね。
よき人は、知りたることとて、さのみ知り顔にやはいふ
続いて徒然草の一文です。
「上品な人は、知っていることを、そんな物知り顔で言ったりはしない。」
と読めます。
裏を返せば、物知り顔で偉そうにする人は上品ではないということです。
徒然草は、著者である吉田兼好の人間観察の鋭さが特徴です。
徒然草は世の中に対する不平不満・皮肉などがあり、エッセイとして楽しめます。
あはれなる人といふものは、思ひをこらすといふことなり
紫式部の源氏物語の一文です。意訳は以下の通りです。
「情緒のある人というのは、考えを深める人ということである。」
感情の豊かな人は、感情や思考に対して思慮深くとらえて内面を磨ける人です。「思ひをこらす」は「思いを集中させる」という意味です。つまり、深く思考することができる人なのだと示しています。
源氏物語は様々な現代語訳があるので、人気のものを手に取って読んでみてはいかがでしょうか?
古文の面白い言い方:和歌

かくばかり恋ひつつあらずは朝に日に妹が踏むらむ土にあらましを
万葉集に収められている和歌です。詠み人が不明のこの歌は、なかなか驚かせられる内容になっています。現代語訳は以下の通りです。
「このように恋焦がれてばかりいないで、朝も日中も彼女が踏むだろう土になりたい。」
恋焦がれるあまり、自分が土になって彼女に踏まれることを望んでいます。恋が成就することは無く、彼女と触れ合う日は来ないと悟ったのでしょうか。いつも相手のそばにいたい気持ちは理解できるのですが、手段が突飛すぎるように感じます。
実際に土になった状況を想像すると恐ろしいです。
おほかたにさみだるるとや思ふらん君恋ひわたる今日のながめを
和泉式部日記で描かれる、敦道親王から和泉式部への恋歌です。
「いつもの梅雨だと思っているでしょうが、今日の長雨はあなたを思って流す、私の涙です。」
ながめを長雨と涙にかけた素敵なラブソングです。
しのぶらんものとも知らでおのがただ身を知る雨と思ひけるかな
こちらは和泉式部から敦道親王への返歌です。
「私をしのんで流した涙だとは知らず、私の身の程を知る雨だと思っていました。」
何とも相手に気を持たせる返信です。「どうせ私なんて…」というつつましさをアピールしています。
2人は後に結ばれることになります。
さいごに
この記事では、古文で使われる面白い言い方を紹介しました。ユーモアの利いた表現や、現代にも通じる文化を感じることができたのではないでしょうか?古文と聞くと難しい印象を持つ方もいるかもしれませんが、多くの古典は現代語訳と併せて楽しむことができます。
この記事で紹介したような言葉・文章の面白さは、古文のみならず現代語にも存在します。表現の幅を拡げるために、多くの文章に触れて多様な考え方・物事の捉え方を磨いてはいかがでしょうか?