巨人 山﨑伊織の幼少期から大学までの経歴を紹介します!中学は地元の硬式野球チームに所属し、高校は野手で甲子園出場したって本当?
読売ジャイアンツのエースピッチャーの一人、山﨑伊織投手。2025年のオープン戦では5試合に登板。防御率は6点台と不安定な投球が続き、ファンの間でも「先発ローテーションを守れるのか?」と不安の声が上がっていました。
しかし、いざシーズンが開幕すると、山﨑伊織投手は開幕から36イニング無失点。セ・リーグ新記録を打ち立てる圧巻のピッチングを披露。見事に周囲の不安を払拭しました。そこでこの記事では、山﨑伊織投手の精神力の強さの背景、幼少期から大学までの経歴について解説していきます。
山﨑伊織投手の経歴を調べた結果、この記事を読んでわかることは以下の通りです。
- 2025年シーズン開幕戦から安定したピッチングを披露。その結果「開幕から36イニング無失点」というセ・リーグ新記録を樹立した
- 母方の祖父と母親の影響を受けて、幼少期から巨人ファン。その影響で「YGマーク」の帽子を被って走り回っていた
- 小学校は地元の公立校へ進学し、地元の野球チーム「人丸ウィングス」へ所属した
- 小学生時代に、家族旅行で東京へ。同郷・坂本勇人選手のユニフォームを着て東京ドームへ足を運び、将来、この地で活躍することを夢見た
- 中学生では地元の強豪チーム「明石ボーイズ」に所属。プロ野球選手や日本代表を複数人排出している競合チームとして知られている
- 高校は「明石市立明石商業高等学校」に進学。投手としてではなく、外野手として活躍し、甲子園に出場した
- 大学は「東海大学」に進学。大学進学後、投手としての才能が開花。大学リーグでMVP2回獲得し、日米大学野球に選出され優勝に大きく貢献した
山崎伊織投手の意外な一面や、知られざる経歴について、わかりやすくまとめました。ぜひ最後までご覧ください。
目次
山﨑伊織の経歴
山﨑伊織投手の経歴は次の通りです。
| 幼少期 | 巨人ファンになる |
| 2006年(小学2年生) | 地元の野球チーム「人丸ウィングス」へ入団 |
| 2011年(中学1年生) | 地元の硬式野球チーム「明石ボーイズ」へ入団 |
| 2014年(高校1年生) | 明石市立明石商業高等学校 入学 野球部へ入部 |
| 2017年(大学1年生) | 東海大学 入学 |
| 2018年(大学2年生) | 春から投手として公式大会出場 |
| 2019年(大学3年生) | 春と秋の連続で東都リーグMVPを獲得 大学日本代表 選出→日米大学野球 優勝 |
| 2020年(大学4年生) | 3月:右肘靭帯部分断裂 6月:トミー・ジョン手術 10月:ドラフト会議で巨人から2位指名 |
| 2021年 | 2021年 巨人 入団 |
小学2年生で野球を始める!
山﨑伊織投手は兵庫県明石市にある「明石市立人丸小学校」に通っていました。小学2年生から同校を拠点とする軟式野球チーム「人丸ウィングス」に所属し、野球人生をスタートさせました。
そんな小学生時代の山﨑伊織投手は、夏休みに家族旅行で東京に。目的は東京ドームに行き、大好きな巨人戦を観ることでした。当時使用していた応援グッズは、同じ兵庫県出身で憧れの存在だった坂本勇人選手のユニフォーム。
今では、その坂本勇人選手と同じチームでプレーしていることに、山﨑伊織投手は大きな感慨を抱いていることでしょう。また、山﨑伊織投手の父親はインタビューで、次のように話していました。
小学校低学年の頃にジャイアンツの選手名鑑のところに自分の名前を書いてくれと言って、母さんが書いてくれましたね。自作のプロ野球カード、他には小学校の先生との交換ノートには毎週野球のことしか書いていませんでした。
引用:スポーツ報知
このエピソードからも、山﨑投手が当時から野球一筋だったことがよく分かります。巨人で活躍したいという強い思いを胸に「自分の名前を選手名鑑に書いてもらう」そんな幼少期の行動。これには、小学生らしい純粋さとともに「夢を叶えるための予行練習」のような意志も感じられます。
もしかすると、このころからの強い気持ちが、プロの世界でも諦めずに努力し続ける「粘り強さ」の原点になったのかもしれません。
夢を持ち、それに向かって努力すること。そんな当たり前で大切なことに気づかせてくれる素敵なエピソードでしたね!
中学は硬式野球チーム「明石ボーイズ」に所属!
山﨑伊織投手は、地元・兵庫県明石市の「明石市立大蔵中学校」に進学しました。ただし、同校の野球部へは所属せず、地域の硬式野球チーム「明石ボーイズ」へ所属していました。
明石ボーイズは地元に専用グラウンドを持ち、自主開催の大会も行うなど、地域ではよく知られた強豪チームです。これまでに多くの有望選手を輩出しており、所属選手やOBには、以下のような名前が並びます。
- 山﨑伊織投手(読売ジャイアンツ)
- 福田拓翔選手(東海大相模)
- 川上慧選手(WBSC U-15(2024年) ワールドカップ MVP)
- 畠山颯志選手(第12回(2025年)BFA U-15)
このように、明石ボーイズは県内でもかなりの強豪チーム。そして、日本全国、さらには世界で活躍する選手を育てている実力派チームであることが分かります。
高校は野手で甲子園に出場したって本当?
山﨑伊織投手は地元・兵庫県明石市「明石市立明石商業高等学校」に進学しました。同校は公立学校ですが、野球部への入部は選ばれた選手しか所属することができません。また、公立校なので、寮がなく、学校近くの家を借り、下宿生活している選手もいるのだとか。
中学・高校の頃は食べても食べても体重が増えず苦労していました。
引用:スポーツ報知
これは父親がインタビューされた際に答えていたエピソードです。このことから、山﨑伊織投手は実家から通っていた可能性が高いと言えるでしょう。
また、山﨑伊織投手は1年生の秋からベンチ入りを果たし、控え投手として活躍しています。そのため、投手としては出場機会が得られなかったので、外野手として出場することが多くなりました。
2番手投手(控え投手)としての登録
高校3年生になった山﨑伊織投手。チームにはエースピッチャーがいた為、2番手投手という立場でした。それに対し、山﨑伊織投手の父親は次のように話しています。
高校時代は2番手ピッチャーで試合に出られないことが多かったですが、環境や出会いで、努力が開花することもあるので我慢してがんばってほしい。
引用:明石市立大蔵中学校だより
春の甲子園では、エースピッチャーが奮闘していたため、山﨑投手はピッチャーとして登板する機会はありませんでした。しかし、足が速くコンタクト率も高かった山﨑投手は、外野手として「1番・レフト」で出場。
特に印象的だったのは、後に同期となる平内龍太投手から、3打数3安打を記録したことです。
今や巨人のエースピッチャーの一角を担っている山﨑伊織投手が「控え投手」だったとは意外でしたね!
大学で才能開花!日米野球選手権の代表に選出
山﨑伊織投手は神奈川県平塚市にある「東海大学 湘南キャンパス」に進学しました。中でも体育学部(偏差値:35.0~42.5)に進学しましたが、学科は明らかになっていません。大学進学を機に地元・兵庫を離れ神奈川県に引っ越し。寮生活をスタートさせました。
また、山﨑伊織投手が進学した東海大学は、東都リーグに加盟しています。他の加盟大学は次の通りです。
このリーグ戦に1年生の時は怪我で出場機会がありませんでした。しかし、大学2年生の春から先発の一角として出場。通算17登板、11勝1敗、防御率1.09と高校生の時には叶わなかった「エースピッチャー」として華々しい活躍を見せました。その功績が称えられ、3年生の時に、次のような結果を残すことができました。
- リーグ戦(春・秋)でMVP連続受賞
- 第43回 日米大学野球選手権に選出→優勝に貢献
これらの活躍により、ドラフト1位指名は濃厚と言われていた山﨑伊織投手。しかし、2020年3月コロナの影響によりリーグ戦は中止。さらに、山﨑伊織投手は「右肘靭帯部分断裂」と診断され、野球ができなくなってしまいました。そのため、6月に「トミー・ジョン手術」を受け、リハビリ生活をスタート。
想定以上に結果が良好だったため、本来は社会人野球へ進む予定でしたが、急遽プロ志望届を提出しました。12球団はまだボールを握ることすらできない状態の山﨑伊織投手を選ぶか大いに悩むことに。結果的に、将来的な戦力に期待して巨人がドラフト2位で指名しました。
そこから2021年に入団。1年間は長いリハビリ生活に時間を割いたため、登板機会なし。2022年3月、開幕2戦目に先発初登板で一軍初登板しました。
ボールを握れない状態だった山﨑伊織投手。そんな選手をドラフト2位で選んだ巨人は、彼の将来性や精神力に期待していたからなのでしょう!
おわりに
今回は山﨑伊織選手の幼少期から大学までの経歴について詳しく解説しました。具体的には、
- 母方の祖父と母親の影響を受けて、幼少期から巨人ファン。その影響で「YGマーク」の帽子を被って走り回っていた
- 小学校は地元の公立校へ進学し、地元の野球チーム「人丸ウィングス」へ所属した
- 小学生時代に、家族旅行で東京へ。同郷・坂本勇人選手のユニフォームを着て東京ドームへ足を運び、将来、この地で活躍することを夢見た
- 中学生では地元の強豪チーム「明石ボーイズ」に所属。プロ野球選手や日本代表を複数人排出している競合チームとして知られている
- 高校は「明石市立明石商業高等学校」に進学。投手としてではなく、外野手として活躍し、甲子園に出場した
- 大学は「東海大学」に進学。大学進学後、投手としての才能が開花。大学リーグでMVP2回獲得し、日米大学野球に選出され優勝に大きく貢献した
ということを詳しく解説しました。最後まで読んでいただきありがとうございます。また、お時間ありましたら、他にも面白い記事がたくさんありますので見てみてくださいね。






























