1984年、アメリカ・ニュージャージー州で、とあるロックバンドがデビューしました。彼らの名前は「ボンジョヴィ」。のちに世界中にその名を知らしめたビッグバンドです。しかし、ボンジョヴィもデビュー当初は誰にも見抜きもされないバンドだったという事実をご存じでしょうか?
1980年代のロック界では、アメリカ国内での成功が世界の成功を意味していた時代。母国アメリカで見向きもされなかった彼らは、失敗したロックバンドという烙印を押されます。しかし成功のチャンスは意外な場所、日本にありました。
ボンジョヴィにとって日本は、自分たちを世界的ロックバンドになるチャンスを与えてくれた場所。この記事では、ボンジョヴィが日本びいきするする理由とは何かについて説明します。
目次
ボンジョヴィとは
ボンジョヴィとは1984年、アメリカ・ニュージャージー州で結成した5人組のロックバンドです。次に彼らについて説明します。
ボンジョヴィのメンバー
アメリカー・ニュージャージー出身のロックバンドです。メンバーは、
- ジョン・ボン・ジョビ(ボーカル兼リーダー)
- デヴィッド・ブライアン(キーボード)
- ティコ・トーレス(ドラム&パーカッション)
- ヒュー・マクドナルド(ベース)
- フィル・X(ギター)
の5人です。代表曲として、Wild in StreetsやBad Medicineがあります。
親日バンドとして有名
ボンジョヴィと言えば、親日バンドとして有名です。日本好きなエピソードとして、彼らの年間スケジュールをみれば分かります。
日本でのツアーが最初のスケジュール
通常、世界を代表する有名人が年間スケジュールを組むとき、最初の公演場所は母国や出身地からスタートします。ボンジョヴィの場合、年間スケジュールを組むとき、最初の公演場所はアメリカではなく日本です。
最初のステージが異国の地、日本を中心にしているあたり、彼らの日本好きが伺えます。
アメリカ・ロック界の事情
現在ほどネット環境が進んでなかった1980年代では、アメリカの成功こそ世界の成功を意味していた時代でした。
アメリカでの成功が評価された当時のロック界
アメリカでの成功は世界で成功したと同じ意味があります。アメリカ出身のボンジョヴィも母国アメリカでメジャーデビューしました。
デビュー当初は誰も見向きもされなかったボンジョヴィ
アメリカでの成功は世界での成功を意味する時代。ボンジョヴィも世界を夢見てアメリカでデビューします。しかし現実は厳しく、誰もボンジョヴィには見向きもしませんでした。
運命の日本ツアー
当時はアメリカの無名ロックバンドだったボンジョヴィ。彼らの運命が変わったのは日本ツアーです。
現在のように、ネット環境が発展していたら日本との縁もなかったかもしれません。
日本と深い縁があったボンジョヴィ
日本があったからこそ、今のボンジョヴィがあると言えます。彼らと日本にはどんな関係があったのかについて説明します。
日本ツアーから始まった世界への道
日本ツアーで成功を収めたボンジョヴィ。彼らのライブ映像を世界にむけて配信すると、一躍人気になり世界中からオファーが来ます。
彼らはロックで成功すると名言しており、ロックで成功するきっかけを作ったのが日本でした。
自分たちを歓迎してくれたのが日本
デビュー当初のボンジョヴィは誰からも見向きされないバンド。ライブを開催しても無名のロックバンドに期待するファンは皆無。しかし自分達のライブを最後まで聞いてくれたのが日本のファンです。
マナーが一番よかった
他の国ではライブでマナーが悪いファンが多かったと言われるボンジョヴィ。唯一、日本のファンだけは最後まで自分達の曲を聴き受け入れてくれたことが好感度に繋がります。
日本限定のグッツやオリジナル曲も
ツアーの最初が日本と決めているボンジョヴィ。初ツアー限定のグッツやオリジナル曲が披露するのも日本の可能性が高いと言えます。実際、日本公演限定のグッツやオリジナル曲は必ず販売しており、今もプレミア商品としてファンの間で有名です。
アメリカでは規制の関係で発売できなかったグッズも
アメリカでは州によって表現の規制が違います。ボンジョヴィもデビュー当初、自身の写真の内容が原因で販売できなかったCDアルバムやグッツがあります。
ボンジョヴィのCDやグッツは、日本が先行発売。だからこそアメリカでは発売されなかった幻のプレミアグッズも日本に眠っております。
今ではプレミアムグッツ目的で来日するファンも
規制の関係上、アメリカでは発売されなかった幻のプレミアグッズ。それを求めて、来日する世界中のファンは絶えません。
日本食が大好きなリーダー、ジョン・ボンジョヴィ
ボンジョヴィのリーダー、ジョン・ボンジョヴィは日本食が好きで有名。日本ツアーが行われると、必ず日本食は欠かせません。メニューも寿司だけでなく、ラーメンやナマコも食べていたというエピソードがあります。
日本食を食べていた一番の楽しみはファンとの交流
ジョン・ボンジョヴィは日本食が好きですが、何よりも好きなのは食事中の日本人ファンとの交流です。世界を代表するロックバンドにしてくれた日本のファンは、彼らにとっては恩人に近い存在。世界的ロックバンドとなった現在も、そのことを忘れていない彼らなりの感謝の気持ちだと言えます。
食事を通して交流を深めるという姿勢は、デビュー当初の苦しい経験から来ているかもしれません。
まとめ
ボンジョヴィが日本びいきなのは有名。世界的ロックバンドの初ツアーの場所は、自身の母国かメンバーの出身地です。ツアーで最初の場所というのは、特別な意味があります。
しかしボンジョヴィの場合、ツアー最初の場所は異国の地、日本。その理由は、日本のファンがいたから、世界的ロックバンドになれたという彼らなりの感謝の表れです。チャンスというのはいつ、どこで巡り合うのかわかりません。
もし何かチャンスが来たら、例え失敗してもいいので勇気を出して一歩、踏み出してみるのはいかがでしょう?