軽部真一さんについてご存じでしょうか?フジテレビ放映の番組「めざましテレビ」を、30年以上担当しているアナウンサーです。穏やかな話し方で、蝶ネクタイが特徴。朝の顔として知られており、出勤、通学前に見たことがある方も多いのではないでしょうか。

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朗らかで聞きやすい声のトーンが印象的です

そんな、軽部真一さんのプロフィール、学歴などについて知りたいという方も多いのではないでしょうか?そこで、以下の内容についてお届けします。

  • プロフィールについて
  • 学歴について
  • 小学生時代のエピソードについて
  • 中学生時代のエピソードについて
  • 高校生時代のエピソードについて
  • 大学生時代のエピソードについて

そして、この記事で分かることは以下の通りです。

この記事でわかること
  • 軽部真一は「めざましテレビ」で30年以上活躍する朝の顔で、穏やかな語りと蝶ネクタイが特徴
  • 学歴は世田谷区立小中学校から早稲田大学高等学院、早稲田大学法学部へ進学
  • 小学生時代は転校経験を通じて、控えめな性格から積極的で前向きな性格へと変化
  • 中学〜高校では演劇部・合唱部で表現力や音楽への情熱を育み、アナウンサー志望の原点を形成
  • 大学では合唱団でリーダーシップを培い、現在のアナウンサーとしての基礎を築いた

軽部真一さんの学歴、学生時代のエピソードについてご紹介いたします。サクッと読める内容になっていますので、ぜひ最後まで読んで頂けたら幸いです。

プロフィール

  • 名前 軽部 真一(かるべ しんいち)
  • 生年学日 1962年10月8日
  • 出身地 東京都
  • 趣味 音楽、ポケモンGO、クワガタムシ・カブトムシ飼育、歌
  • 特技 大食い
  • 座右の銘 「10の取材に1の放送」

学歴

世田谷区中町小学校→世田谷区立玉川中学校→早稲田大学高等学院→早稲田大学法学部

小学校時代のエピソードについて

小学校を転々

小学生時代、2回の転校を経験した軽部さん。通学していた学校と時期は以下の内容になります。

  • 入学~2年生 東久留米市立第七小学校。
  • 3年~5年生1学期 沼津市立大岡小学校。
  • 5年生1学期~卒業 世田谷区立中町小学校

特に、東京から沼津の学校に転校したことが記憶に残っているとのこと。大岡小学校に転校する前は、控えめな性格でした。転校してから、自然豊かな環境に囲まれて育ったことにより、おおらかでポジティブな性格に変わります。積極的に行動することに自信がつき、友人も増えました。

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環境の変化が人を変えるのだと実感します

中学校時代のエピソードについて

演劇部に所属

中学生時代は演劇部に所属していた軽部さん。入部した理由に、尊敬している先生の影響がありました。演劇部の顧問を担当していた先生は、1年生の時に軽部さんのクラスを担当。只、2年生で担任と離れる事になります。寂しさを実感。演劇の経験が豊富で、おもしろい授業を受けたことから、演劇部に入部を決めました。

演劇に励む日々を送るなか、舞台の主役を演じる機会が訪れます。軽部さんは立候補し、抜群の表現力を見せます。結果、主役に抜擢。当時から、約40年以上の時が経っても、思い出を鮮明に語れるほど、印象に残っているエピソードです。

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恩師との思い出が目に浮かびます

初恋の相手

ある日、人生で初めて恋をします。初恋の相手は、五輪で初の10点満点を出した、体操競技選手の「ナディア・コマネチ」。遠い世界で活躍する彼女の姿に思いを馳せて、憧れから、友人に「自分はどうすればいいのか」と相談することもありました。

アナウンサーに興味を抱いたきっかけ

五輪での実況放送が、アナウンサーという職業に興味を抱くきっかけになりました。競技の臨場感や選手の想いを伝える語り口が強く印象に残り、今でも一言一句を思い出せるほどです。この経験から、言葉で感動を届けるアナウンサーという仕事の素晴らしさに深く感銘を受けました。

世田谷区立玉川中学校

昭和22年(1947年)東京都世田谷区立玉川中学校を設置。以下の教育目標を掲げています。

  • 自ら進んで学ぶ態度を養う
  • 豊かな情操を培う
  • 健康な体を育てる

高校生時代のエピソードについて

憧れから合唱部に

音楽を聴くことが当時から好きな軽部さん。好きが高まり、合唱部に入部。部活に励む日々を過ごしたとのこと。高校3年生では学園祭で指揮者を務め、定期演奏会ではソロで
フォークグループ「アリス」の曲「チャンピオン」を披露しました。好きなことに没頭できた充実した高校3年間でした。

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テレビで見たとき、力強い歌声のため普段とのギャップの差に驚きました

早稲田大学高等学院

昭和2年(1920年)旧制早稲田大学早稲田高等学院を設置。昭和25年(1950年)早稲田大学高等学院に改称。同校に通学されていた著名人に俳優の津川雅彦がご卒業されています。

一般的教養を高め、健全な批判力を養い、国家及び社会の形成者として有為な人材を養成。更に進んで深く専門の学芸を研究するに必要な資質を育成することを目的とすることを教育目標に掲げています。

大学生時代のエピソードについて

合唱団「コール・フリューゲル」

早稲田大学に進学し、男性合唱団「コール・フリューゲル」に所属します。著名な指揮者の方々と公演する機会があり、プロの世界を早くに経験できたのは「コール・フリューゲル」ならではと当時を語ります。

現在のアナウンサー活動に活かせる経験も学ぶことができました。合唱は4つのパートに分かれており、軽部さんはバリトンを担当。低い音域から高い音域までカバーするのが役目。パートリーダーとしてチームをまとめるために、周囲に話を聞いて理解してくれる状態が必要になります。

チームを盛り上げるために、褒めて伸ばすことを意識して活動に臨んでいました。合唱団で学んだ、リーダーシップの経験が今の活動の糧になっています。

早稲田大学法学部

1882年(明治15年)東京専門学校開校。1902年(明治35年)早稲田大学に改称。同校に通学されていた著名人に声優の若本規夫がご卒業されています。

社会的使命感の強い法律実務家や、法実務を法理論によって制御する法学研究者の養成に止まらず、成熟した市民社会を担うことのできる人材一般を育成する。法的判断力の涵養を教育目的に掲げています。

まとめ

いかがでしたでしょうか?今回は軽部真一さんのプロフィール、学歴、出身校、学生時代のエピソードについてご紹介いたしました。具体的には、

  • 軽部真一は「めざましテレビ」で30年以上活躍する朝の顔で、穏やかな語りと蝶ネクタイが特徴
  • 学歴は世田谷区立小中学校から早稲田大学高等学院、早稲田大学法学部へ進学
  • 小学生時代は転校経験を通じて、控えめな性格から積極的で前向きな性格へと変化
  • 中学〜高校では演劇部・合唱部で表現力や音楽への情熱を育み、アナウンサー志望の原点を形成
  • 大学では合唱団でリーダーシップを培い、現在のアナウンサーとしての基礎を築いた

という内容でお届けしました。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。ぜひ、参考にしていただけましたら幸いです。よかったら、他の関連記事も見てください。

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