バンド「いきものがかり」水野良樹の学歴と出身校はどこ?学生時代のエピソードを紹介
ミュージシャンの水野良樹さんについてご存じでしょうか?バンド「いきものがかり」のギター、コーラス、作詞、作曲を担当。「SAKURA」「YELL」など数多くの名曲を手掛けています。青春を「いきものがかり」の楽曲とともに過ごしたという方も、多いと思います。
青春時代を飾った、思い出のバンドです
そんな、水野良樹さんのプロフィール、学歴などについて知りたいという方も多いのではないでしょうか?そこで、以下の内容についてお届けします。
- プロフィールについて
- 学歴について
- 小学生時代のエピソードについて
- 中学生時代のエピソードについて
- 高校生時代のエピソードについて
- 大学生時代のエピソードについて
そして、この記事で分かることは以下の通りです。
- 水野良樹は神奈川県出身で、いきものがかりのギター・コーラス・作詞作曲を担当。
- 小学生時代の「生き物係」がバンド名の由来で、Mr.Childrenに影響を受け、同バンドの曲をよく弾いていた。
- 中学では野球部部長を経験するも退部、高校で山下穂尊らとバンド結成。
- 高校時代に吉岡聖恵が加入し、3人で路上ライブやライブハウス活動を展開。
- 大学は一橋大学社会学部で学びつつ浪人経験もあり、粘り強い努力で合格を勝ち取る。
水野良樹さんの学歴、学生時代のエピソードについてご紹介いたします。サクッと読める内容になっていますので、ぜひ最後まで読んで頂けたら幸いです。
目次
プロフィール
いきものがかりの将来について、こちらの有識者の方に貴重なご意見をうかがいました。 pic.twitter.com/cZv4Gm11fq
— 水野良樹( いきものがかり / HIROBA )official (@mizunoyoshiki) July 8, 2024
- 名前 水野 良樹(みずの よしき)
- 生年学日 1982年12月17日
- 出身地 神奈川県
- 趣味 喫茶店巡り
- 特技 ギター
学歴
海老名市立杉久保小学校→海老名市立大谷中学校→神奈川県立厚木高等学校→一橋大学社会学部
小学生時代のエピソード
生き物係を担当
バンド名「いきものがかり」の由来は小学生時代のエピソードにありました。小学1年生のとき、クラスで係を決めることに。水野さんは保健係に立候補するも、じゃんけんで敗北。
「いきものがかり」元メンバーの山下穂尊さんと一緒に、生き物係を担当することになりました。後に、このときのエピソードがバンド名を決めるきっかけになります。
由来が小学生時代のエピソードに、お二人の絆を感じます
バンド「Mr.Children」の大ファン
小学生の時に、担任の影響を受けギターを始めました。最初に覚えた曲は、バンド「Mr.Children」の「CROSS ROAD」。水野さんは大ファンで、初めてカラオケで歌った曲も、「Mr.Children」の曲でした。
練習の成果が実り、卒業式前に在校生に向けて開催したお別れ会で、曲を披露することがありました。水野さんの中で印象に残っているエピソードの1つです。
海老名市立杉久保小学校
昭和54年(1979年)開校。「自立・夢を拓く人」を教育目標に掲げています。同校に通学されていた著名人として、プロ野球選手の藤井聖がご卒業されました。
中学生時代のエピソード
野球部部長になるも、退部
野球が好きで、野球部に入部し、汗を流す日々を過ごした水野さん。3年生のときに部長を務めることになります。身勝手な後輩をまとめることに悩んでおり、顧問に相談したところ、暴力を示唆する内容を言われ、考えに納得が出来ず退部を決断。
あまり、社交的な性格ではなかった中学時代。この出来事がきっかけで人とのコミュニケーションがうまく出来なくなり、半年ほど人と話すのが億劫になった時期がありました。
水野さんの葛藤と苦悩が伺えます
海老名市立大谷中学校
昭和55年(1980年)開校。「自立・夢を拓く人」を教育目標に掲げています。同校に通学されていた著名人として、バスケットボール選手の原口真英がご卒業されました。
高校生時代のエピソード
バンド結成
1999年2月に、同級生の山下穂尊とバンド「いきものがかり」を結成。バンド名は小学生のころに2人が担当していた生き物係が由来。2人で路上ライブやライブハウスを中心に演奏活動を行っていました。
1999年11月に同級生の妹である、吉岡聖恵が路上ライブに参加したことがきっかけで、以降は3人体制で活動していきます。水野さんは、吉岡さんの歌の上手さに感心し、バンドの活動範囲を広げる自信に繋がりました。
神奈川県立厚木高等学校
明治35年(1902年)に神奈川県第三中学校として開校。昭和23年(1948年)に神奈川県立厚木高等学校に改称。以下の教育目標を掲げています。
- 日本国民として、また国際社会でリーダーとして活躍できる広い教養を与える。
- 社会生活に深い理解を有し、尊敬と協力を惜しまぬ心豊かな人間性を養うことに努める。
- 正確な知識と健全な判断力を有する、自主的で責任感の強い人間性を養うことに努める。
- 個性を尊重し、その充分な伸長を期するとともに、将来の志望に応じた適切な指導に努める。
- 保険衛生に留意し、健康にして明朗な生徒として積極的な活動をさせる。
大学生時代のエピソード
大学在籍浪人
思案するのが好きで、社会学に興味があることから、一橋大学社会学部を志します。受験の結果、一橋大学は不合格に。併願していた明治大学に通うことになります。それでも一橋大学に通いたいという気持ちから、1年間大学生活をこなしながら、受験勉強に励む日々を送ります。努力の末、一橋大学経済学部に合格。
水野さんの粘り強い努力と、諦めない精神に感銘を受けました
一橋大学社会学部
明治8年(1875年)に商法講習所を開設。昭和24年(1949年)に新制一橋大学発足。「Captains of industryつまり、国際的に通用する産業界のリーダーたり得る人材の育成」を理念としています。同校に通学されていた著名人として、ナレーターの久米明がご卒業されました。
二人になりました。写真家の濱田英明さんに撮っていただきました。また新しい物語をはじめます。これからも、いきものがかりをよろしくお願いします。 pic.twitter.com/DpkRIPUBRP
— 水野良樹( いきものがかり / HIROBA )official (@mizunoyoshiki) August 14, 2021
長くやってると同じ体勢で喋るようになります。 pic.twitter.com/ZFbDes2E6L
— 水野良樹( いきものがかり / HIROBA )official (@mizunoyoshiki) April 1, 2024
まとめ
いかがでしたでしょうか?今回は水野良樹さんのプロフィール、学歴、出身校、学生時代のエピソードについてご紹介いたしました。具体的には、
- 水野良樹は神奈川県出身で、いきものがかりのギター・コーラス・作詞作曲を担当。
- 小学生時代の「生き物係」がバンド名の由来で、Mr.Childrenに影響を受け、同バンドの曲をよく弾いていた。
- 中学では野球部部長を経験するも退部、高校で山下穂尊らとバンド結成。
- 高校時代に吉岡聖恵が加入し、3人で路上ライブやライブハウス活動を展開。
- 大学は一橋大学社会学部で学びつつ浪人経験もあり、粘り強い努力で合格を勝ち取る。
という内容でお届けしました。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。ぜひ、参考にしていただけましたら幸いです。よかったら、他の関連記事も見てください。




























