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お寿司の歴史をご紹介!日本発祥ではなく、東南アジア発の食べ物だった!

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お寿司って美味しいですよね!回らないお寿司にはなかなか行けませんが、回転寿司は良く行くという方も多いのではないでしょうか?お値段も気にせずに食べられて、デザートも豊富でメニューに飽きません。ラーメンやフライドポテトなどもあって、食事に飽きてしまうようなお子さん連れの方も行きやすいのではないでしょうか?

お寿司は今では日本を代表する食べ物ですが、実は日本発の食べ物ではありません。東南アジア発の食べ物です。そのお寿司が手軽に食べられるまでに広まったのは、なぜでしょう?時代と共に変化していったお寿司の歴史をご紹介します。

お寿司の始まり

お寿司は、東南アジアの山間部に住む人たちが作ったのが始まりです。当時のお寿司は熟鮓(なれずし)と呼ばれる保存食でした。東南アジアの山岳で暮らす人たちは、魚を手に入れることが難しかったため、魚が手に入った時は熟鮓にして長期保存していました。

この熟鮓とは魚とお米を塩で発酵させたもので、お米がどろどろになるまで発酵させたものでした。また、いろんな説がありますが、東南アジアからではなく中国から伝わりました。

みき

東南アジアが発祥の地だったなんて…。

奈良時代のお寿司

奈良時代には熟鮓が日本に存在していて、朝廷に献上されていました。この頃のお寿司は身分の高い人の食べ物でした。また、お米は食べずに一緒に漬け込んだ貝や魚を食べていました。

室町時代のお寿司

室町時代に入ると「生成(なまなれ・なまなり)と呼ばれるお寿司ができます。発酵する期間は短く、ごはんも一緒に食べるようになりました。熟鮓のように発酵しきらず、生に近いことから生成と呼ばれていました。

生成ができたことによって、お寿司の食べごろが分かるようになります。食べる日を逆算して、お寿司を作るようになりました。保存食からごはん料理へと変化していったのです。

江戸時代・中期のお寿司

お酢の生産、流通が盛んになり、庶民にもお酢が使えるようになっていきます。このころは、発酵させずにすぐに食べることができる「早寿司」が登場します。早寿司は一晩漬けるだけで完成することから、「一夜漬け寿司」「当座寿司」とも呼ばれました。また、型に入れて作る押し寿司もこのころから作られました。

江戸時代・後期のお寿司

18世紀に入ったころの江戸では新鮮なネタでお寿司を握る「握り寿司」が登場します。この握ったお寿司を「江戸前寿司」と呼びました。当時は屋台を使った外食が流行しており、握り寿司も屋台で食べられていたのです。屋台と言っても移動することはなく、人が多く集まるところで商売をしていました。

明治時代のお寿司

製氷業が盛んになった明治30年以降。漁業の流通が発展し、生の刺身が扱えなかった寿司屋では、氷を使ってネタを冷やすことができるようになりました。今現在の寿司ネタが登場するのは、この時代からです。また、煮切り醤油をお寿司に塗ってお客さんに出すスタイルはこのころから続いています。

2貫ずつ出されるようになったきっかけ

江戸時代後期の握り寿司は、おにぎりほどの大きさをしていました。当時は切って食べていたのですが、食べにくかったのでしょう。のちに今の握り寿司のサイズへと変わっていったのです。

江戸時代にはトロが捨てられていた

実は今のように、マグロのトロが食べられるようになったのは昭和に入ってからです。江戸時代にはマグロは「下魚(げざかな)」と呼ばれていて、まずい魚という位置付けでした。マグロは古事記、万葉集にも載っています。この時は「シビ」と呼ばれていて、「死日」と当てはまることから好まれませんでした。

そして、魚が大好きなはずのネコにも嫌われている魚として、「ねこまたぎ」と呼ばれることもありました。この時代は、江戸にマグロが運ばれるころには腐ってしまっていました。江戸時代の後期には鮮度を落とさないように赤身を醤油に漬けた「ヅケ」を食べるようになります。

「マグロ」と呼ぶようになったのもこのころです。トロはヅケにしても醤油をはじいてしまうため、捨てられていました。昭和初期になるとトロを食べるようになります。でも、美味しいからという理由より、値段が安かったからトロを食べるという理由でした。

このころは新鮮なマグロが少しずつ手に入るようになり、トロも食べられるようになっていきます。トロは戦後から人気が急上昇しました。これは冷蔵保存の性能が上がったため、新鮮なお刺身が食べられるようになったことが影響しています。

「寿司」と「鮨」、「鮓」の違い

鮨と鮓は中国で使われている文字で、2000年以上前から使われています。鮨は今で言う塩辛のようなもののこと、鮓は熟鮓のような川魚を塩とお米で発酵させたもののことを指します。

この鮨と鮓は中国で同じ意味を持つようになり、日本にやってきます。日本の江戸では鮨を使い、大阪では鮓の文字を使っていました。寿司はと言うと、おめでたい言葉を当て字にしたものです。寿を司る(つかさどる)として、ちらし寿司、回転寿司、いなり寿司のように使います。

まとめ

お寿司の歴史についてはいかがでしたか?日本発祥の食べ物だと思っていた方は、かなり多かったのではないでしょうか?実は、東南アジアからやってきた食べ物でした。また、江戸時代にはマグロが捨てられ、まずい魚とされていました。

トロが安く食べられていた時代があったのは、うらやましいです。また、おにぎりサイズのお寿司があった時代がありました。1個でお腹いっぱいになりそうなお寿司も食べてみたいです!

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みき
趣味は毎週の競馬と月1の乗馬(外乗)。女性ならではの視点からユニークな雑学を多数執筆。