見取り図 盛山晋太郎の学歴は?体格が大きくなった少年時代の出来事や法律専門学校に通った理由等、学生時代について紹介
盛山晋太郎さんについてご存知でしょうか?お笑いコンビ「見取り図」のツッコミを担当している方です。様々なお笑い賞レースで受賞歴がある実力派お笑いコンビ。TBS系列放映のバラエティ番組「ラヴィット」では、水曜日レギュラーを務め陽気な喋りで番組を盛り上げています。
そんな、盛山晋太郎さんのプロフィール、学歴などについて知りたいという方も多いのではないでしょうか?そこで、以下の内容についてお届けします。
- プロフィールについて
- 学歴について
- 小学生時代のエピソードについて
- 中学生時代のエピソードについて
- 高校生時代のエピソードについて
- 専門学生時代のエピソードについて
そして、この記事で分かることは以下の通りです。
- 幼少期は多くのスポーツに挑戦し、活発な環境の中で体格と行動力を育んだ。
- 学生時代はムードメーカーとして活躍し、文化祭での漫才や舞台経験がお笑いの原点となった。
- 高校時代は文化祭をきっかけに人前で表現する楽しさを深め、お笑いへの憧れを強めていった。
- 芸人を目指す夢と安定した進路の間で葛藤しながら、大阪法律専門学校へ進学。
- 専門学校卒業直前にNSC入学を決意し、周囲の理解を得ながら芸人への道を選択した。
盛山晋太郎さんの学歴、学生時代のエピソードについてご紹介いたします。サクッと読める内容になっていますので、ぜひ最後まで読んで頂けたら幸いです。
目次
プロフィール
timeleszのライブに行かせてもらいまして、初めてうちわを作ってみた!
— 見取り図 盛山 (@morishimc) August 6, 2025
俺の知ってる風磨くんと違い、全力でアーティストでアイドルで元気と感動をもらいました。
たぶんファンサもらった気がする。いや、多分じゃないな、あれは絶対に俺にや。そう思い込んで今日は寝ます#timelesz #横浜アリーナ pic.twitter.com/xRgFy6Tsvo
- 名前 盛山 晋太郎(もりやま しんたろう)
- 生年月日 1986年1月9日(2026年7月現在40歳)
- 出身地 大阪府堺市
- 趣味 ドライブ、競馬、サッカー、スロット、パチンコ、かかと落とし
- 特技 強運転、強ラップ、弱早食い
- 所属 吉本興業株式会社
学歴
- 堺市立榎小学校
- 堺市立三国丘中学校
- 大阪私立清明学院高等学校
- 大阪法律専門学校(現・大阪法律公務員専門学校)
小学生時代のエピソード
様々なスポーツを経験
祖父がとにかく体格を大きくさせようと考えており、様々なスポーツを経験します。相撲や、バスケットボール、水泳、テニス、極心空手、バレーボールを経験。盛山さんはサッカークラブに入りたかったものの、父親に否定されます。それでも、親に内緒で3ヶ月サッカーを経験していた時期もありました。
祖父は体格が大きく地元では有名な方で、盛山さんが地元に帰った際、一目で孫だと分かるほど似ていました。
堺市立榎小学校
昭和16年(1941年)4月1日に堺市榎国民学校開校。昭和22年(1947年)4月1日に堺市立榎小学校に改称。「正しく判断しやりぬく元気な子、よさをひきだし、ほめのばす榎の教育」を教育目標に掲げています。同校に通学されていた著名人に、元プロ野球選手の石橋良太(いしばしりょうた)さんがご卒業されています。
中学生時代のエピソード
苦い初恋エピソード
初恋の相手と携帯でメールのやり取りをしていたら、通信料の使い過ぎで親にケータイを折られる出来事がありました。携帯を折られたことで、女の子とは音信不通になり、そのまま疎遠に。苦い初恋エピソードです。
この頃は、憧れから学校の教師を志していました。
堺市立三国丘中学校
昭和22年(1947年)4月1日に堺市立第三中学校として創立。昭和25年(1950年)4月1日に堺市立三国丘中学校に改称。「自分も人も大切にする子供、主体的に考え、行動できる子供、時を守り、場を清め、礼を正す」を教育目標に掲げています。
同校に通学されていた著名人に、元プロ野球選手の木下元秀(きのしたもとひで)さんがご卒業されています。
高校生時代のエピソード
ムードメーカーな存在
クラスのムードメーカー的存在だった盛山さん。小学校のときから文化祭では漫才や新喜劇のような舞台を担当していました。目立ちたがり屋な性格で、高校の文化祭の時期が近づくと軽音楽部に加入し、ライブを実施。文化祭後には退部し、翌年の文化祭近くで再入部を繰り返していました。
高校時代は体重85kgの大柄の体格で、年を重ねるごとに体重が増えていったとのこと。
芸人に憧れるも、公安系の専門学校に進学
テレビ東京系列放映の「吉本超合金」の影響を強く受けており、番組に出演していたお笑いコンビ「FUJIWARA」に憧れを抱きます。芸人に憧れ、お笑い芸人へ将来の進路を考えていたものの、両親は反対の考えでした。時代背景を汲み取り、安定した仕事を選んで欲しい両親の考えから、大阪法律専門学校に進学します。
大阪私立清明学院高等学校
沿革、教育方針の詳細については、清明学院高等学校の学校案内(下記URL)をご参照ください。
同校に通学されていた著名人に、プロサッカー選手の一森純(いちもりじゅん)さんがご卒業されています。
専門学校時代のエピソード
将来の進路
将来の安定を考え入学したものの、入学した次の日ぐらいから辞めたいと感じるようになります。勉強に身が入らず、芸人の養成学校NSCに入りたいと感じるように。卒業間近では、周囲が警察官、消防士等、公安系の職種に就くなかNSCに入学願書を出します。
NSCへの進路を決めてからはネタ披露をやらせてもらう等、講師の方の理解がありました。家庭の経済状況があまり芳しくないこともあり、卒業まで頑張ったと当時を振り返っています。
大阪法律専門学校(現・大阪法律公務員専門学校)
平成元年(1989年)大阪法律専門学校開校。令和3年(2021年)大阪法律専門学校を大阪法律公務員専門学校に改称。教育目標の詳細については、大阪法律公務員専門学校の学校概要(下記URL)をご参照ください。
漫才の人めっちゃおるね! pic.twitter.com/rS0Im9dWn2
— 見取り図 盛山 (@morishimc) January 13, 2025
やりました!M-1グランプリ決勝進出しました!今日一日、ずっと心臓を鷲掴みにされてる気持ちでした!
— 見取り図 盛山 (@morishimc) December 2, 2020
今年こそ!三度目の正直が人生にやってきた! pic.twitter.com/7NSriZEWM5
まとめ
いかがでしたでしょうか?今回は盛山晋太郎さんのプロフィール、学歴、出身校、学生時代のエピソードについてご紹介いたしました。具体的には、
- 幼少期は多くのスポーツに挑戦し、活発な環境の中で体格と行動力を育んだ。
- 学生時代はムードメーカーとして活躍し、文化祭での漫才や舞台経験がお笑いの原点となった。
- 高校時代は文化祭をきっかけに人前で表現する楽しさを深め、お笑いへの憧れを強めていった。
- 芸人を目指す夢と安定した進路の間で葛藤しながら、大阪法律専門学校へ進学。
- 専門学校卒業直前にNSC入学を決意し、周囲の理解を得ながら芸人への道を選択した。
という内容でお届けしました。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。ぜひ、参考にしていただけましたら幸いです。よかったら、他の関連記事も見てください。





























