サイエンスプロデューサー でんじろう先生の学歴は?勉強が苦手だったエピソード等、学生時代について紹介
でんじろう先生についてご存じでしょうか?長年、メディア等を通じて科学の面白さを伝えるサイエンスプロデューサーです。10年以上の高校教師の経験があり、分かりやすく面白い実験が魅力。
そんな、でんじろう先生のプロフィール、学歴などについて知りたいという方も多いのではないでしょうか?そこで、以下の内容についてお届けします。
- プロフィールについて
- 学歴について
- 小学生時代のエピソードについて
- 中学生時代のエピソードについて
- 高校生時代のエピソードについて
- 大学生時代のエピソードについて
- 大学院時代のエピソードについて
そして、この記事で分かることは以下の通りです。
- 米村でんじろうは科学の面白さを伝える人気人物で、元高校教師としての経験を活かした実験が魅力
- 幼少期は勉強が苦手だったが、自然の中での体験や科学への興味が原点となった
- 中学で科学クラブに入り、自由な環境の中で実験を重ね科学への関心を深めた
- 高校〜大学では進路に悩みつつも努力を重ね、東京学芸大学で学び勉強への姿勢が大きく変化
- 大学院や講師経験を経て教員を志し、後のサイエンスプロデューサーとしての基盤を築いた
でんじろう先生の学歴、学生時代のエピソードについてご紹介いたします。サクッと読める内容になっていますので、ぜひ最後まで読んで頂けたら幸いです。
目次
プロフィール
YouTubeでんじろう先生のはぴエネ[公式]
— 米村でんじろうサイエンスプロダクション【公式】 (@YDScience) June 15, 2023
銀の盾頂きましたー👏👏👏
これからも面白い、そしてタメになる実験を紹介していきます
是非これからもご覧ください#はぴエネ#でんじろう#面白実験 pic.twitter.com/iFh4dqJ3iw
- 名前 米村 でんじろう(よねむら でんじろう)
- 本名 米村 傅治郎(よねむら でんじろう)
- 生年月日 1955年2月15日
- 出身地 千葉県市原郡加茂村(現・千葉県市原市)
- 趣味 釣り
- 特技 科学・物理実験装置の開発と操作
- 所属 米村でんじろうサイエンスプロダクション
学歴
- 千葉県市原郡加茂村付近の小学校
- 千葉県市原郡加茂村付近の中学校
- 千葉県立市原高等学校
- 東京学芸大学教育学部
- 東京学芸大学大学院理科教育専攻科
小学生時代のエピソード
勉強が苦手だった
戦前の雰囲気が残る自然豊かな環境に生まれたでんじろうさん。安定した仕事もまだなく、日雇いでできる仕事で家庭を支えた両親の元で育ちました。人見知りで集団活動が苦手な性格もあり、一人で遊ぶことが多かった。
山で野菜採集、動物を捕獲する罠を仕掛ける、天体観測をして遊んでいました。勉強は苦手で、理科以外の科目は得意ではなかったとのこと。勉強の習慣がなく、夏休みの宿題が間に合わないこともありました。
家では火おこしを担当しており、科学と生活の繋がりに感動を受けたとインタビューにてお答えしています。
千葉県市原郡加茂村付近の小学校
詳しい小学校名は不明ですが、自宅から近い千葉県市原郡加茂村付近の小学校に通っていた可能性が高いです。
中学生時代のエピソード
科学クラブ入部
科学への興味から科学クラブに入部。顧問が他部活動と掛け持ちの為、練習や部活動の方針もなく自由に活動できました。思いついたら実験をやるぐらい自由で、漫然と過ごしていました。
集団活動が苦手なこともあり、クラブ活動はほとんどせずに帰宅することが多かった。将来の進路を深く考えていなかったものの、科学関係の仕事に携わりたいという想いはこの頃から抱いていました。
アポロ11号が月面着陸に成功したニュースを見て、ロケット花火を自作出来る程、科学知識を持っていました。
千葉県市原郡加茂村付近の中学校
詳しい中学校名は不明ですが、自宅から近い千葉県市原郡加茂村付近の中学校に通っていた可能性が高いです。
高校生時代のエピソード
勉強が苦手だったものの、高校に合格。高校時代も、好きな事は積極的に苦手なことはやらないことが多い性格でした。
進学を選んだ理由は社会への恐怖
集団活動が苦手なこともあり、就職して働くことに不安を抱いていました。社会に出たくないという思いから進学を決意。勉強をしてこなかった為、受験勉強を退屈に感じ、習慣化するまでに時間がかかりました。
母親がプレッシャーをかけるような人ではなかったこともあり、気持ち的には安心感を抱いて勉強に臨んでいたとのことです。
千葉県立市原高等学校
大正14年(1925年)市原学館創立。昭和23年(1948年)千葉県立市原高等学校に改称。「学校は地域と連携して、将来地域で活躍し、地域に貢献できる人間を育てる」「生徒自らが、未来を拓く主体であるために、規範意識の醸成と社会性の涵養に努める」同校を卒業された著名人に、プロゴルファーの安藤祐一がご卒業されています。
大学生時代のエピソード
3年間の浪人生活の後、東京学芸大学教育学部に合格。東京学芸大学は教員養成系の大学ですが、教師への就職願望より、合格できる国立大学だったことが入学の理由です。
勉強への姿勢を見直す
大学4年生まで、専門課程で単位を落とし再履修することはあったものの、留年することなく進級。ある時、ゼミの活動中ワンボードマイコンに触れることに。今のパソコンに相当するものになります。マイコンでプログラムに触れる経験が自身の勉強への姿勢を見直すきっかけになります。
1文字でも間違っているとバグが発生し、機能しないのがプログラム。間違っている箇所を直すことで正しく動く経験を重ねるうちに、丁寧にコツコツやっていけば結果は出ると実感。自身の評価にも繋がり、やればできると思い、苦手だった勉強への意識が変わりました。
東京学芸大学教育学部
昭和24年(1949年)東京学芸大学創立。「深い教養と豊かな知識を身に付け、知的な創造力や探求心を磨き専門的な学びを深める教育者の養成」を教育目的に掲げています。同校を卒業された著名人に、漫画家の須藤真澄がご卒業されています。
大学院時代のエピソード
教員を志す
在学中も教師になりたいと思うことがあまりないものの、日々学業に励みます。ある時、学校法人自由学園で講師を務めることに。科学と自立した生活を結ぶ教育に感銘を受けます。このときの経験が教員を志すに至る大きな転機になりました。
東京学芸大学大学院理科教育専攻科
昭和41年(1966年)東京学芸大学大学院理科教育専攻科を設置。「高度専門職業人又は教育研究の推進者になるための専門能力及び実践力を養う」以上を教育目的に掲げています。
【出演情報】
— 米村でんじろうサイエンスプロダクション【公式】 (@YDScience) July 26, 2025
本日のはぴエネ!では「粉塵爆発」を紹介!
#851 粉塵爆発 – Locipo(ロキポ) 無料テレビ動画・見逃しネット配信サービス https://t.co/BCdKaqIjdd
本日2月15日は、でんじろう先生の70歳のお誕生日!
— 米村でんじろうサイエンスプロダクション【公式】 (@YDScience) February 15, 2025
スタッフみんなでお祝いしました♪ pic.twitter.com/pthS1SvHAQ
まとめ
いかがでしたでしょうか?今回はでんじろう先生のプロフィール、学歴、出身校、学生時代のエピソードについてご紹介いたしました。具体的には、
- 米村でんじろうは科学の面白さを伝える人気人物で、元高校教師としての経験を活かした実験が魅力
- 幼少期は勉強が苦手だったが、自然の中での体験や科学への興味が原点となった
- 中学で科学クラブに入り、自由な環境の中で実験を重ね科学への関心を深めた
- 高校〜大学では進路に悩みつつも努力を重ね、東京学芸大学で学び勉強への姿勢が大きく変化
- 大学院や講師経験を経て教員を志し、後のサイエンスプロデューサーとしての基盤を築いた
という内容でお届けしました。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。ぜひ、参考にしていただけましたら幸いです。よかったら、他の関連記事も見てください。



























